放置してましたいやっほーい

考えたら一月書いてなかった、


間違えてもルーセントハートしてたわけでは、けしてけして。

ほんとだよ?
ぁー、紫装備二回連続で砕いてお金がなくなった(やってたんかい


で、最近DOLに本体が帰ってきた感じであります。
今回ぐらい大海戦でよっかなーとか考えてたんですが。
リオて
遠いわ。


あと、微妙に仕事が食い込みそうな予感も若干、
うーん、毎度思うんだけど、事前に艦隊組む人を探すにも
金曜の夜が毎度ネックなんだよなぁ、帰ってこれるか分からない事多くて。

という愚痴



あ、100レザーブーツが一足在庫あります
大海戦シーズンだけにご入用の方が居られましたらTELLよろしく。
フレでなくても「ブログみました」とか言ってもらえるとちょっと安くしときますよ?

と、営業してみる。

インカ服こーんぷ

とりあえず、インカアップデートで生産可能になった服は全種コンプしました。
途中で最高級アワイヨ相手にぐんにょりしてましたが、某仮面の人のお陰でそれも解決。

クスコのR18服もつくって、服のブーストで考えると各エピソード報酬の服と寸分違わぬ(もしくは微妙に劣る)性能というのがやるせなす。
まぁ、色違いならまだいいんですが

商人R18服が報酬服と全く同じというのは何を考えてやがりますか運営さま。
せめて色ぐらい変えてくれよorz


まぁ、クスコで生産可能な、R15のノーブルドレス(紅色)はなかなかイイです、あれはいいものだ
高級ベルベ10とか食いますが、お洒落着としてはかなり気に入ったかも。


そのうち気が向いたらSS上げようかしらん。
一応クスコとかマチュピチュもSSは撮ったんだけど
まだ行ってない人が見ちゃうともったいないしなーと思って乗せられないのがセツナス。

クスコの神殿からの眺めはかなり気持ちイイヨ!とだけいっておこう。





あと、某所で4コマになってる件についてはスルーする方向で(ぁ

たまにはだらだらと。

えぇ、半月ほったらかしてましたね
mixiだって週一ぐらいなので、まぁこんなペースが合ってるんだろうナァとは思うんですが。

で、最近の話題としては
先月半ばから末にかけて「ブーツ叩きたい病」が発生しまして
通算でレザーブーツ6足、ファーブーツ3足を二週間で完成させるという大変にアホなことをしてました。

お陰で管理技術と工芸がカンストしたよワッショイ

すいません、地中海と北海でその頃に10k以下の油を食い尽くしてたのは私です。
まぁ、どれも基本的にはフレだったり、即日売り切れたりしてハケたので、しばらくは交易抜きにして遊べそう〜、ってわけで
今は冒険してます。
何故かアパにあった転職紙で財宝探索家になったりしつつ。

サルベで地味に開錠熟練が稼げてた事もあるので、それなりにストレスなく色んなクエできて楽しいですね。
以前にやったときはスキル枠が全然余裕なくて、冒険用に裂ける枠が5つぐらいで全然楽しめなかったんですが。
今回は海事系をばっさり切って枠を確保したお陰で、かなり色々できて楽しめてます。


一応予定としては、インカアップ前には美術商に戻る予定。
西岸には織物もあるっていうしね、どんな感じなのかwktk

勅命だるいなーとは思うんですが、まぁなんとかなるべぇ。

そうそう、最近は何故かヴェネ茶で強化が流行ってます(五人ぐらい
三人ぐらいはカッツ、他がブーツで
まぁ、カッツを叩いてる人が、二日に一度は断末魔(80ぐらいで砕けたり)の悲鳴を発してるのが大変甘美です(ぇー
皆も強化楽しめばイイと思うよ!

ヴェネツィア観光案内=後編=

で、後編
こっから見始めた人は前編を先にどうぞ。

〜船着場〜
ふなつきば

船着場、というか
ヴェネツィアだけに海沿いは大概が船をつけられるようになっております。
大型船の場合は、恐らくこんなふうに沖に停めて、ボートなどで人員を揚げたりしていたのだと思われます。
そして船着場で揚げた物品は、商館などに運び込まれたり、そこで売り買いがされたのでしょうか。
建物と船着場の間が広いのもそのためかな?
右に立っている杭は、ゴンドラなどを停めたりするためのものですね。


〜カナル・グランデ河口〜
残念ながら、ヴェネツィアのMAPはカナル・グランデの東側だけなのですが。
所々では奥のほうに広い運河が見えたりします。
河口のSSはこちら。
かなるぐらんで

左奥の広い河口がカナル・グランデの出口だと思われます
ちゃんと作る辺りが細かい。

てことは、リアルト橋はどこになるのかなぁ、と思ってうろうろした結果
りあると

学校へと繋がるこの門の向こう側が多分リアルト橋に出るはず、のポイント。
ヴェネツィアで航海者学校に通う人は、きっと内陸部まで毎日リアルト橋を渡って登校してるんですね。
いつか渡らせてくれりゃーいいのに。
ちなみに、サンマルコ広場からリアルト方面に抜ける道というと、入り口にある「ムーア人の時計塔」(毎日12時にオートマタ(自動人形)が鐘を叩く)
この時代にはまだないはずですが、それが現在建っているポイントが。
むーあ

こちら、広場の出航所役人がいるところです。
酒場主人もいて、広場ではよく人が溜まっているポイントになってます。


〜アーセナル〜
ヴェネツィアといえば、その屋台骨を支えた造船業
全盛期には100隻もの船を短期間で送り出したという、当時ではぶっちぎりの世界最大の造船所(アーセナル)。
その一部はPCも「造船所」として利用できますが、
実際のアーセナルはもうちょっと東に位置していました。
元首公邸の東にある、牢獄のあったエリアのさらに向こう、河を二つ先に渡ったあたりからがアーセナルで
このあたりはヴェネツィアで唯一、機密保持と火薬事故を防ぐ為に城壁で囲まれていました。
ヴェネツィアの造船所は一種の流れ作業で、建造から艤装、武装までがアーセナル内の水路を移動しながら、専門の職人集団によって組み込まれていったそうです。
流石にその有名な造船所には入れませんが、位置的にそこに繋がりそうないかつい門が、街の北東のはずれにありました。
あーせなる

門ががっちりしてて、多分この向こうがアーセナルなんだろうなーと予想。


〜カンポと井戸〜
井戸

ヴェネツィアは、運河沿いに家が並んでおり、島の中央は広場になっています。
その広場が「カンポ」で、それを繋ぐ小道を「カッレ」と呼びました。
カンポごとに教会があって、そこで一つのコミュニティを形成していたそうです。(教会まではDOLではない
そして、カンポの中央には井戸がありました。
DOLのヴェネツィアでも、広場ごとに井戸が設置されていました、細かいなおい。

ちなみにこの井戸
地下水をくみ上げていたわけではありませんでした(ヴェネツィアは基本的に海上)
広場の下には、でっかい雨水を溜める貯水施設が埋めてありまして
広場に降った雨を下のブールに溜めて、それをくみ上げて生活用水を確保していたそうです。
プールの中には浄化設備として砂が詰めてあったので、ちゃんときれいな水が確保できてたんですね。
カンポも井戸も、海上都市というヴェネツィアらしい生活設備でもあったようです。




ざくっと気付いた点を書いてみたらこれだけ。
意外と細かいところまで作りこんであるので、建物の様式なんかをぶらぶら見歩くのも楽しい街ですね、ヴェネツィアは特に。
東西文化の交流する街、海上貿易の街であるヴェネツィア
ちょっとばかりアドリアの逆風は厳しいですが、それでも年中人がいるのは、単に夕暮れが美しいだけじゃないんですね。

ヴェネツィア観光案内=前編=

てことで、DOLのCGを使って適当に更新をしようのコーナー
KOEIの変なところに凝った街の作りとかを楽しむのが主な目的、
第一回はヴェネツィア編、第二回は例によって未定。


〜サンマルコ寺院〜
さんまるこ

完成は832年、以降増改築と燃えたりを繰り返して今に到る。
言うまでもないメジャースポット、ヴェネツィアにコレを見に来る人は今でもいる。
ちなみに、ここはマルコの遺骸がありますが、ローマカトリックの管轄ではなく、ヴェネツィア国営寺院。
近所のアパルトメントとかも含めて、「サンマルコ寺院財団」的なものが管理していた立派な国有物件です。
従って、ここの司祭を任命するのはヴェネツィア共和国、ローマ法王的にはかなり文句がありそうな寺院です。

で、この寺院の細かい点を見てみよう!

先ず、この入り口上に飾られている四つの青銅の馬
第四次十字軍の戦利品として有名なこれが、ちゃんと作られているかなーと思ってみると。
うま

ばっちりありました、でも何故か二つ。
いやいや、コピペでいいから四つ置こうよ!とか思いつつ次にいってみよう。

〜元首公邸(パラッツォ・ドゥカーレ)〜
こうてい

元老院のある場所、ちなみに裁判所とかも中にあるらしい。
川向こうには牢獄があり、公邸から牢獄を繋ぐ橋がいわゆる「ため息橋」(ただしDOLでは牢獄も橋もない)
完成は1340〜1404年にかけて。
平面はロの字になっており、中庭をぐるっと囲むかたちになっております。
ヴェネツィアンゴシックの先駆的建築物。
東西の様々な建築様式がミックスされているので、細かく観察すると面白い建物になっています。

で、この前にあるのが小マルコ広場(サンマルコ前が大マルコ広場
しょうまるこ


DOLでは描かれていませんが、ここには二本のライオンの彫像がのった柱が立っておりまして。
そこはまぁ、絞首刑用の柱として使われてたりもしました、こわいこわい。

また、重要な情報を持ち帰った連絡船などはこの広場に船を乗り付けて、その足で元老院に報告に走ったりしたそうです。

ちなみに小マルコ広場の小ネタがこちら
べんち

このベンチ、置いたのはヴェネツィア元首だったそうです。
「市民と元老院が親しく近い関係にあるように」という願いの一環だったそうで。
ただまぁ、それを曲解した一部の市民がここで博打をしたりして、かえって頭痛の種になったとか。


と、ここまで書いて「なげーよ」と思ったので、第二回に分割します。
次はさらに重箱の隅をつつく予定。