ヴェネツィア観光案内=後編=

で、後編
こっから見始めた人は前編を先にどうぞ。

〜船着場〜
ふなつきば

船着場、というか
ヴェネツィアだけに海沿いは大概が船をつけられるようになっております。
大型船の場合は、恐らくこんなふうに沖に停めて、ボートなどで人員を揚げたりしていたのだと思われます。
そして船着場で揚げた物品は、商館などに運び込まれたり、そこで売り買いがされたのでしょうか。
建物と船着場の間が広いのもそのためかな?
右に立っている杭は、ゴンドラなどを停めたりするためのものですね。


〜カナル・グランデ河口〜
残念ながら、ヴェネツィアのMAPはカナル・グランデの東側だけなのですが。
所々では奥のほうに広い運河が見えたりします。
河口のSSはこちら。
かなるぐらんで

左奥の広い河口がカナル・グランデの出口だと思われます
ちゃんと作る辺りが細かい。

てことは、リアルト橋はどこになるのかなぁ、と思ってうろうろした結果
りあると

学校へと繋がるこの門の向こう側が多分リアルト橋に出るはず、のポイント。
ヴェネツィアで航海者学校に通う人は、きっと内陸部まで毎日リアルト橋を渡って登校してるんですね。
いつか渡らせてくれりゃーいいのに。
ちなみに、サンマルコ広場からリアルト方面に抜ける道というと、入り口にある「ムーア人の時計塔」(毎日12時にオートマタ(自動人形)が鐘を叩く)
この時代にはまだないはずですが、それが現在建っているポイントが。
むーあ

こちら、広場の出航所役人がいるところです。
酒場主人もいて、広場ではよく人が溜まっているポイントになってます。


〜アーセナル〜
ヴェネツィアといえば、その屋台骨を支えた造船業
全盛期には100隻もの船を短期間で送り出したという、当時ではぶっちぎりの世界最大の造船所(アーセナル)。
その一部はPCも「造船所」として利用できますが、
実際のアーセナルはもうちょっと東に位置していました。
元首公邸の東にある、牢獄のあったエリアのさらに向こう、河を二つ先に渡ったあたりからがアーセナルで
このあたりはヴェネツィアで唯一、機密保持と火薬事故を防ぐ為に城壁で囲まれていました。
ヴェネツィアの造船所は一種の流れ作業で、建造から艤装、武装までがアーセナル内の水路を移動しながら、専門の職人集団によって組み込まれていったそうです。
流石にその有名な造船所には入れませんが、位置的にそこに繋がりそうないかつい門が、街の北東のはずれにありました。
あーせなる

門ががっちりしてて、多分この向こうがアーセナルなんだろうなーと予想。


〜カンポと井戸〜
井戸

ヴェネツィアは、運河沿いに家が並んでおり、島の中央は広場になっています。
その広場が「カンポ」で、それを繋ぐ小道を「カッレ」と呼びました。
カンポごとに教会があって、そこで一つのコミュニティを形成していたそうです。(教会まではDOLではない
そして、カンポの中央には井戸がありました。
DOLのヴェネツィアでも、広場ごとに井戸が設置されていました、細かいなおい。

ちなみにこの井戸
地下水をくみ上げていたわけではありませんでした(ヴェネツィアは基本的に海上)
広場の下には、でっかい雨水を溜める貯水施設が埋めてありまして
広場に降った雨を下のブールに溜めて、それをくみ上げて生活用水を確保していたそうです。
プールの中には浄化設備として砂が詰めてあったので、ちゃんときれいな水が確保できてたんですね。
カンポも井戸も、海上都市というヴェネツィアらしい生活設備でもあったようです。




ざくっと気付いた点を書いてみたらこれだけ。
意外と細かいところまで作りこんであるので、建物の様式なんかをぶらぶら見歩くのも楽しい街ですね、ヴェネツィアは特に。
東西文化の交流する街、海上貿易の街であるヴェネツィア
ちょっとばかりアドリアの逆風は厳しいですが、それでも年中人がいるのは、単に夕暮れが美しいだけじゃないんですね。
コメント

No title

まるでDOLでたびしてるみたい。
アノさん、紀行作家にもなれるね。。。

No title

ねえねえ、100ファーまだあり?
ありだとすると、おいくら万円?

No title

100ファーの在庫はもうない〜
作ってもいいけど、価格は応相談

No title

100ファァ〜製造過程でできた 90くらいのやつ
安く引き取りますよ^^v

No title

>>美少女
今は冒険期間だから作れないなぁ
インカ前にはまた美術商に戻るかもだから、そのときでよければ。
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